晩年の村井正誠と猪熊弦一郎

 銀座のS画廊のオーナーと話したことがある。年配の画商で長年現代美術を扱ってきたという。村井正誠の晩年の仕事はどう思われますか? 大先輩なのでつい丁寧語になってしまう。先日聞いた針生一郎・加藤好弘・中沢新一の対談では壇上に3人並んでいて、中沢が25歳くらい年上の針生に「針生さん、ちゃんと聞いてる? 寝ちゃってないよね」とタメ口でもないけれど、くだけた言い方をしていたので驚いたが。
 S画廊のオーナーは、村井の晩年はダメだねと言う。これまた驚く。それでは猪熊弦一郎はどうですか? アメリカ時代のがいいね、晩年はダメだ。またまたびっくり。大先輩に敬意を表して反論しない。
 私は村井の晩年の仕事のみ同時代で見ていた。毎年だったか2年に1度だったか新作展を銀座の鎌倉画廊でやっていた。これがすばらしい作品だった。そこの個展を何度か見たが、1999年に94歳直前で亡くなってしまった。鎌倉の神奈川近代美術館で村井正誠回顧展が開かれた。晩年の作品の高さに比べてそれまでの作品は十分満足できるものではなかった。
 猪熊弦一郎東京ステーションギャラリーでの回顧展を見た。53歳でニューヨークへ渡り、脳血栓を患って70歳過ぎにニューヨークを離れる。1993年に90歳で亡くなっている。やはり晩年になって高い境地に達した。二人とも富岡鉄斎と同じく晩年にすばらしい仕事をしているのだ。89歳まで生きた鉄斎は、70代までの作品は若描きとされている。
 S画廊のオーナーと全く反対の結論になった。今春亡くなったギャラリー汲美のオーナー磯良さんと村井の晩年について話したことがある。磯良さんは抽象絵画の見巧者だった。同時期に鎌倉画廊の個展を見ていた。すごいね、色の塊を三つ置くだけであんな絵ができてしまうなんて。誰だったか画家を連れて行ってみて二人とも同じ意見だったという。
 しかしながら、再度神田の別の画廊のオーナーと話した。この方も年配で日本の近代美術を扱ってきて長い。村井の晩年はダメだよ。猪熊はニューヨーク時代がいい。
 こんなに評価が分かれるものなのか。しかし話を聞いたこの3人の画商の方々も平山郁夫東山魁夷を否定することでは同意見だった。されど、先日一緒に深川散策ツアーに行った画家であり美術評論家の門田秀雄さんは平山郁夫について、彼のマチエールは特別だ、輝いている、それが人々を惹きつける大きな魅力なのだと教えてくれた。
(写真は村井正誠の晩年の作品)