山本弘の作品解説(7)「酒飲む人」

 
 山本弘「酒飲む人」油彩、F20号(72.7cmX60.5cm)
 1976年9月の飯田市勤労福祉センターでの個展で発表された。この時山本弘46歳。アル中治療のため入院していた病院をこの年の1月退院し、それから2年間禁酒したという。禁酒のせいか神経がピリピリしていて、ささいなことで怒って恐かった。
 その後、1995年の京橋の東邦画廊での第2回遺作展で展示された。この時東邦画廊はこの絵のタイトルを「赤のコンポジション」と印刷したカタログを作り、私の「酒飲む人」にしてほしいとの申し入れに画廊主が怒って、一時は展覧会を中止するとまで言い張ったが、結局「無題」とした訂正シールを貼ることで双方妥協した。20号のこの作品はこの時120万円で買い手がついた。
 題名でもめたのは、通常画家の手で作品の裏側に書かれている題名がこの作品ではなかったためだ。私が題名を主張したのは、1976年の個展の折り展示作品をすべて撮影しており、そこに画家の手になる題名が付けられている写真が残っているから。
 さて、題名を読んで作品を見ると上部に顔の形が見える。下の方に青い線で何やらコップらしきものが描かれている。顔から右下に平行する2本の線が引かれ、これは腕なのだろう。少し猫背の男がコップを持っている。だが、この絵にとって「酒飲む人」というのはモチーフにすぎない。画家はこのモチーフから作品を作り始めたが、モチーフに関係なく作品として完成している。題名が分からなくても作品の価値には何の影響もない。と言って題名は無駄でもない。画家の出発点を知ることができるのだ。どこから始めたかという点を。