山口長男の伝記が出版された

山口長男―終わりのないかたち
 山口長男の伝記が出版された。池島充「山口長男ーー終わりのないかたち」(清流出版)、著者は鹿児島の南日本新聞社の元編集委員、新聞社在籍中に山口を取材し、以後親しく交遊を続けた模様。
 山口長男に関する手頃な伝記が書かれたことをまず喜びたい。著者は山口が若いとき住んだフランスの小村ヴェトイユを5回も訪ねたという。そこで山口が滞在していたホテルの跡地などを発見している。
 全体にていねいに取材していると思う。しかし大分偏りがあるのではないか。フランスへ5回も行きながら国内で訪ねるべきところ、取材すべき人たちを欠いている。元フジテレビギャラリー、現在銀座のたけだ美術を経営する武田さんには会ったのだろうか。武田さんは山口のことを、先生は亡くなるまで飲むといつも愚痴を言っていた。俺の絵は売れない、俺は髪結いの亭主だ(奥さんは美容師なのだ)。そう言っていたという。フランスでも荻須高徳らとスケッチ旅行に出たとき、山口は1枚も描かなかった。なぜ描かないと問われ、描く気分じゃないのだと答えたが、本当は彼らに比べて自分のデッサンが下手で一緒に描けなかったのだという。山口の具象は下手だ。美大の同級生には荻須のほか、小磯良平猪熊弦一郎、牛島憲之、岡田謙三、中西利雄等、錚々たるメンバーがいた。
 東京京橋の東邦画廊の中岡さんも、(東邦画廊が山本弘を扱うことになった時)長男先生が生きておられたら、お前もようやくいい絵描きに出会えたなと言ってもらえるのに、と残念がった。
 少なくとも武田さんや中岡さんらの画商から話を聞くべきだった。
 それから肝腎の絵に対する踏み込みが足りない。山口長男は戦後日本が誇る偉大な抽象画家だ。そのことをもっと具体的に書くべきで受賞記録で代弁させてはいけない。
 最後に酷な言い方になるが、新聞記者の職業病でどうしても文章が弱い。分かりやすいという透明な文章の向こうに意味が透き通ってしまって、文章が単なる意味の媒体になってしまっている。
 そうは言いながら、山口長男に関する手頃な伝記が書かれたことを是としたい。