美術と作品の関係

 9月4日のエントリーで私は「端的に言って、(アラーキーの)性器の写っている大きな写真をインテリアとして飾る習慣を少なくとも日本はまだ持っていない。これは先駆けなのか? 私はこの写真の意味、機能が分からないでいる」と書いた。
 その後その意味が少し分かった。「この写真の意味」は「(美術)作品」なのだ。アラーキーの巨大なSM写真は作品として成立している。デュシャンの「泉」と題された小便器も作品として認知されている。作品とは何か。美術という体制によって規定されているものだ。美術がその存在を規定し体系づけている。
 どんな美術作品も、美術という体制=システムを前提に制作される。しかし、それと同時に作品も美術の定義を更新する。男性用小便器が「泉」と題されて展覧会に出品された時、既製品(レディーメード)が美術に加えられた。作品は美術に規定されるが、作品も美術を再定義する。相互関係で変容していくのだ。