子供の頃のことだ。山道といってもまれにトラックなんかが通ることもある道、もちろん舗装なんかしてなくて深い轍(わだち)がえぐれている。そこに雨が降ったらしく水が貯まっていて、小さな水たまりにびっしりと紐のようなヒキガエルの卵が産み付けられている。ここにもう一度トラックが通れば卵は挽き潰されてしまうだろう。そうでなくても1日2日すれば水たまりは干上がるはずだ。この卵はわずか数日の命なのだ。
これも子供の頃、家の前の畑の隅に大きな桶が置いてあった。桶には水が張られていて何かに利用していたのだろう。秋口になって桶の水を払い、桶を移動したとき、底の下からいくつか蝉の死骸が現れた。おそらく羽化するべく地中からはい出した蝉の蛹が、地上に出ることなく桶の底の下の空間で羽化し、一度も飛ぶことなく鳴くこともなく死んでいったのだ。
このヒキガエルの卵の運命と蝉の運命を、何かのきっかけであれから50年ほど経った今でもときに思い出す。生は不条理だ。