山本弘の作品解説(5)「流木」


 山本弘「流木」油彩、F20号(72.7cm x 60.6cm)
 これは何という作品か。すごい赤だ。いつもながら単純なフォルムが強い。サインも作品の一部になっている。「流木」と題されているが、何が流木なのだろう。中央の白い形がそれなのか。赤い色面は泥を含んだ洪水の急流を思わせる。昭和36年6月に長野県南部の飯田地方を集中豪雨が襲った。「36.6災害」と名付けられている。あちこちで山が崩れ、家が潰されて大勢の人が亡くなった。山本の住む上郷町飯田市の境界を流れる小さな川、天竜川の支流のさらに支流である野底川が氾濫したのは実にこの時だ。上流から大きな岩を転がし堤防を崩し田畑を泥で埋めた。家も倒壊した。繰り返し描くその体験のこれもその一つなのか。
 山本は具象から始まって、1970年、40歳以降抽象に移っていった。しかし完全な抽象に変わったのではなく、軸足を具象に置いた、抽象と具象のあわいで仕事をしていた。しかしこの作品はほとんど抽象ではないのか。美術評論家針生一郎さんは、山本弘について次のように「極限まで凝縮されたイメージがあらわれる瞬間をとらえようとしている」と書かれた。

 初期の暗鬱な色調をもつ写実的な画風から、しだいに形態の単純化と色彩の対照による内面の表出へと転換する。とりわけ注目されるのは、生活が荒廃しても、体力が衰えても、絵画の質の高さは失われないことである。晩年はむしろ非具象ともいえる奔放な筆触と色塊のせめぎあいのうちに、極限まで凝縮されたイメージがあらわれる瞬間をとらえようとしている。(読売新聞、1994年7月28日夕刊)

 1978年10月の飯田市公民館での個展で発表された。遺族所蔵。