野見山暁治が語る駒井哲郎

 まず「四百字のデッサン」(河出文庫)から。

 ノミヤマは同級だよな。酔っぱらうと駒井は大きな声で親愛の情をしめす。私たちは五十歳を過ぎた。おい、ノミヤマ、飲めよ、そうしているうちに駒井はもっと酔っぱらう。ノミヤマはオレの一級下だ、こいつは落第したんだぞ。私は三年生の折りに胸をわずらい、それまでかなりサボっていたのも祟って落第した。駒井が私の落第を喚きだしたらもう危ない。そばに女が居れば力まかせに抱きつき、男だったら悪口雑言、あたりかまわずオシッコを撒きちらす。ああ、その目つきだけはやめてくれ。そんな無惨な駒井であってはいけない。気高く痩せてタンレイなもの腰の、そうした一切を支えていた糸がプツリと切れて、手足バラバラのあやつり人形のようにくずおれる、髪をみだし、虚ろにものを見据え、叫んでいる言葉はもう誰にも聞かせたくない。

 「空のかたち」(筑摩書房)から。空のかたち―野見山暁治美術ノート

 新婚旅行に出かけた初めの夜から、駒井は酒乱の凶暴さを見せつけた。それは終生、夫人を痛めつけただろう。駒井が亡くなったその夜、ようやく解放されたような気がいたします、と夫人は小さな声で言った。しかし同じその夜、コマイは私のものだった、わたしはコマイを独占したのよ、と言って泣きくずれもした。

 三月のやや陽気のいい頃、みんなの顔がそろっていたからたぶん油画科のパーティだったろう。きみ、いい席に座ってるね、とあらかた酒のまわった駒井が、並んで座っている、わたしと女子学生との間にわって入った。会場は若い学生や助手たちで、かなりざわついている。けさ、学校へ行くとき電車の中で腰を降ろしたらね、といつもの静かな口調で駒井は、わたしや彼女に向かって話しはじめた。腰を降ろしたらね、ちょうど正面に可愛い娘が座ってたんですよ、ただね、スカートが短めでしょう近ごろ、ずっと見えるんですよ、困ってねえ……。女子学生は面白そうに聞いていた。目のやり場に困ったでしょう、センセイ。駒井は本当に困ったような顔をして、もう話はよそうよといったように黙った。それで、どうなすったんですかセンセイ? おとなしいコマイ先生にも、こうした行きずりの男くさい惑いもあるものかと、横で聞いている女子学生は、で、どこまで見えたんですかと、その先を促した。そうねえ、座っている目の高さだと、どうしても見えちゃうんですよねえ……。そこまで言ったとたん、駒井はいきなり彼女のスカートをあらわにめくった。ここまで見えたんだ!

 あとどこで読んだのだろう。岩波書店の女性編集者と新幹線で関西に出張した折り、行きは楽しく話していったのが、帰りの新幹線で駒井はひどく酔っぱらい、彼女はずうっと泣き続けたのだという。
 夫人と新婚旅行に行ったときも、2日目の夜、きみは疲れたろうから先に寝なさいと言って一人夜の町に出て行った。何て優しい人かと思ったけれど、深夜泥酔して帰り、それから最後までそういう生活だったという。