サンショウウオを食べる

 以前、昆虫食について紹介した(id:mmpolo:20070104)が、茅野市出身の建築史学者藤森照信の場合はもっとすごいものだ。なんと山椒魚を丸飲みしてしまう。

 小学校高学年の頃と思うが、春、杖突峠の野遊びの時、「テルボも来るか」と誘われたので、中学生たちの後に従い、峠道を村と反対の高遠の方へとずんずん下りて行った。
(中略)
 誰かがイタッと言い、見ると、指先で尻尾をつかんでトカゲ状の虫をぶらさげている。ウオというからドジョウのようなヤツかと思ったら、足があるから村の子供たちの区分では虫になる。
 例の巨大なのではなくて、冷涼な山の沢をすみかとする小型のハコネサンショウウオである。(中略)最初の一匹をつかまえた。
 外見はトカゲに近いが、黒っぽくてヌルヌルしているから、感覚としては手足の生えたドジョウ。
 「テルボ、食え」
 誰かが言った。見ると、上級生たちは尻尾をつまんで口の中にほうり込んでいる。
 「セイがつくゾ」とも誰かが言った。小・中学生にセイをつけてどうする、と今は思うが。
 テルボも尻尾をつまみ、アーンをして口の中に入れようとするが、相手は体をくねらせ、あまつさえ両手でくちびるの辺を引っ掻いて逃れようとするから、なかなか入らない。一計を案じ、手の平をまるめて中に入れ、親指のところを少し開け、逃れようと顔を出したところを口に持ってゆくと、そのまま匍匐前進して口の方へと入り込んだ。手の平とちがい水気もあるし、安全な穴に逃げ込んだと思ったにちがいない。舌の上でじっとしている。
 ヘッ、ヘッ。テルボの口に入ったのがサンショウウオの運のつき。舌を動かすと、口の中を上へ下へとグリグリ走り回る。もしやと思い、くちびるを少し開けると、歯の上に両手をかけて、鼻先を出す。これは上級生もやっていない新工夫。
 ひととおりの動きを試した後、飲み込もうとするが、今度はテルボがあわてる番で、両手両足を使ってもがくからのどの奥になかなか行ってくれない。頭が外に向かっていてもだめ、内に向かうともっとだめ。結局、舌を使って横にして、クイと飲み込む。胃中でも動いている、という人もいたが、テルボの場合はノドの途中までしか感じなかった。
 それから二十数年して、東京の国分寺の家で、春、庭に出ると、石の上でトカゲが日なたぼっこしている。昔を思い出し、口の中に入れ、小学生の娘たちを手招きで呼び、くちびるを少し開けると……。受けると思ったのだが、以来、遊んでもらえない。
              (朝日新聞、1997.5.4)

 そう言えばハナバチの研究者坂上昭一は「ミツバチの世界」(岩波新書)で子供の頃セミの成虫を食べた経験を書いていた。セミの成虫の羽をむしって炙り、粉にしてふりかけに混ぜて学食に置いておいたら、学生たちがおいしいと言って食べていたというエピソードも紹介していた。