私の手許に「衛星都市の彼方で」という詩集のコピーがある。詩人の名前は恵口烝明、発行所は大阪の詩人の支路遺耕治の他人の街社だ。
30年前友人が阿佐ヶ谷の古本屋で見つけて買った。そのコピーだ。本扉に献辞が書かれていて、「金井美恵子さま 恵口烝明」とある。贈呈された本を金井美恵子が処分したのだろう。そういえばまだ日夏耿之介存命の頃、飯田市の古本屋には日夏宛に献本した詩集が多く並んでいた。
発行日は1969年7月1日、後書きによれば第二詩集らしい。当時アメリカのヒッピーの影響を受けて日本には「ふうてん族」といわれる若者たちのサブカルチャーがあり、彼もその流れにつながるのだろう。
饒舌に語られる彼の詩はビートニクのアレン・ギンズバーグを思い出させる。もちろん大きな影響を受けているのだろう。そしてもう一つの特徴は睡眠薬だ。ふうてんたちはハイミナールやバラミン、ブロバリンなどの睡眠薬を使っていた。その状態をラリるといった。そのわれわれの次の世代がシンナーだった。
詩集から一部を紹介する。代表作「チベベの唄」は9連196行、補足が3連45行という長詩。
チベベの唄(抜粋)
厳粛な性器を所有している少女
便秘のペニスをにぎりしめて叫ぶアーケードのように巨大な野良犬の肛門よりもきたならしい性器を所有している少女
決してしとやかな性器を所有して
敷石のはるか下側にぬくもりきらない排泄物を点検しながら重々しい雨に陰毛だけは濡れねずみの男根のように腐蝕さすことのできる性器を所有している少女
確実に匂ってくる性器のような性器を所有して
ああ少女
少女チベベ
なおもなおもチベベ
ぼくらは汽車にのって出発しなかったが
ドヤ街の便所よりも立派な建物の横で性交したし地下街の喫茶店では氷屋のノコギリよりもあたたかい性交をしつづけていたチベベ
なあに
ぼくはチベベの性器に
あなたは私の性器に
なあに
ぼくはチベベの性器に男根のような
あなたは私の性器に男根のような
なあに
ぼくはチベベの性器に男根のような唄をうまくうたうことが
どうしたの
できるだろうか
それはできないわ
(後略)
恵口は大阪で活躍していて、長距離航路の船乗りだった。平成6年に肝臓ガンで亡くなった。
「恵口烝明」が正しいが、ネットで検索するときは「恵口丞明」でヒットする。下記のアドレスで彼の詩が読めるが、改行が不正確だったり、誤字が目立つなど校正ミスが少なくない。