若いとき盲腸の手術を受けた。始まる前に看護婦さんが15分ほどで終わりますよと私の質問に答えて言った。二人ほどの医者が近所の地価の話をしながら手術を進めていった。部分麻酔だから聞こえるのだ。不謹慎だと思ったがそうではなかった。手術がルーチンだからそんな話ができるのだ。
急に医者たちが話をやめた。これは何だろうか、どうしようかと言い出した。それから英語だかドイツ語だかに切り替えた。あとはほとんど無言だった。手術をしながら無駄話をするのは良いことなのだ。簡単な手術なのだから。
手術が30分ほどたったとき看護婦さんに、あとどのくらいかかるのですか? と聞いた。30分よと教えてくれた。ざっと計算して、30分は1,800秒だから2,000数えることにした。数え終わってまた聞いた、あと何分ですか? あと30分よ。それでもう数えるのをやめた。
手術は結局1時間30分かかった。途中麻酔が切れて、痛いんですがと言うと追加で麻酔をしてくれた。盲腸ではなかった。
病気は盲腸憩室炎という珍しいものだった。切り取った患部はアルコール標本にして保存しますとのこと。盲腸に憩室というポリープができていてそれが珍しいのに、炎症を起こすのは滅多にないらしい。大腸の盲腸部分を切り取って、小腸をつなぐという手術だった。
太い神経が切られたらしく、へそから真っ直ぐ下ろした線から右側の腹の感覚が全くなくなった。それは30年後にようやく80%ほど回復したが。(最近キューバのカストロ首相が大腸憩室炎ではないかと言われている。)
珍しい病気が多い。盲腸憩室炎に始まって、局所ジストニアと皮膚アレルギーと。皮膚アレルギーは金属アレルギーだと診断されて、シチズンのチタンの腕時計を買ったがダメだった。医者から君のは自分の汗でかぶれるのだと言われた。