人の身体の境界はどこか

 以前会社の同僚から、私のワイシャツのポケットに手を入れられて、とても不愉快だったことがある。彼は私のタバコを取っただけだったが。タバコの箱を抜き出して1本取り出し、箱を私のポケットに返す。それも黙ってする。社長に対しても同じことをしていたので、私を見下してしていたのではなく、その行為がカッコいいと思っていたのだろう。それに対して抗議するのは大人げない気がして、些事にこだわる小さな人間の気がして、耐えていた。
 その後T. E. ホールの「かくれた次元」(みすず書房)を読んで、私の気持ちには根拠があることを知った。人の身体の輪郭=境界は皮膚なのではなく、身体の外に何重にも輪郭が拡がっているのだ。身体から15ー45センチの距離は恋人などだけが許される距離。45ー75センチは極めて親しい間柄。1ー2mが会社の同僚に許される距離。3.5ー7mは公衆距離と言って、対話ではなく講演者と聴衆の関係。
 だから会社の同僚に黙ってワイシャツのポケットへ手を入れられた時、不愉快な気持ちが生じたのだった。