小松茂美「天皇の書」

mmpolo2006-12-16




 小松茂美天皇の書」(文春新書)を読む。実に面白い本だ。4月に買ってから少しづつ8か月かけて読んだ。
 聖武天皇から昭和天皇まで45人の天皇の書を図版で提示し、一人につき数〜十数ページをあてて各々の天皇の血縁から簡単な略歴、でありながら細部にこだわった記載、その出典も記されている。そして書についての短いが鋭い評価。私は書が分からないが、分かる人が見れば何倍も楽しめるだろう。小松先生だからこそ書くことができた本だ。しかしこれが新書版、445ページ、1197円。奇書ではないだろうか。もっとも豪華版だったら買えないが。
 書に対する評は「もしや、酒気を含んでの酔筆かとも思いめぐる」(醍醐天皇)「現代人のとうてい至り得ぬ孤高の書の美の境地ではないか」(後嵯峨上皇)「かならずしも能書とは言いがたい」(亀山法皇)「歴朝屈指の能書である」(後伏見上皇)「気品の高さが、ひときわ凛然の香気を放つ。これまた、歴朝屈指の能書帝に推すにやぶさかでない」(後村上天皇)「高貴な気品が薫る比類なき書の美の典型である」(後小松上皇)「緩やかな筆の運びは、いささか覇気を欠くうらみはあるが、それは穏やかな上皇の性格に由来するものか」(東山上皇)「とうてい、十歳の幼童の手とも思えない」(中御門天皇)「〜習書の錬成の跡は察しられない。奔放不羈と言うに憚らない。あるいは融通無碍というべきか」(孝明天皇


後宇多法皇

 見られるように、一糸乱れぬ重厚な骨法(書法)、正楷の運筆。王者の風格凛然。歴朝震翰の遺墨の中において、いや日本書道史上一群の作品において、楷書の墨痕としては最上品、孤高の君臨と言うに憚らぬ存在である。

後醍醐天皇

 西国北海の孤島に遠流、隔絶の身となった天皇が、いささかの寂寥の感もなく、熾烈の炎を燃やしながら、怨念の筆を運ぶ。豊麗雄渾の一字一字に後醍醐天皇の断腸の響きを聞く思い。「賢才」(「中院一品記」)を謳われた後醍醐天皇が、つとに積学・修仏・修禅によってみずからの「心」の錬成につとむ。その自然流露の中に成った「書」の風韻が漂う。歴朝の遺墨中において、卓然と聳立する重厚無比の存在ではないか。


 また後円融上皇が母に宛てて差出した消息(手紙)では、相手が女性ゆえに仮名書きで、散らし書きに書いた、女房奉書の形式をとっているとあるが、この散らし書きが読めない。
 右から斜めに7行で書かれているように見えながら、書かれている順番は、 3、 4・1、 5・2、 6・7、 8、 9・10、 11 となっている(中黒「・」は1行に見える)。これが当時の普通の書き方だったと小松茂美「手紙の歴史」(岩波新書)には解説されている。


大正天皇

太い筆に墨をたっぷり含ませ、絹本の上に卒然と何んの衒いもなく、呼吸を矯めて一気呵成の運筆。気宇壮大、ところどころに書法的な結構に破綻が見られなくもない。が、それは末枝末葉。まことに王者の風格をまざまざと発揮する、荘重な書である。きわめて個性的な筆法の中に、侵しがたい凛乎の風格美が漂う。


 小松茂美:古筆学者。1925年山口県岩国市生まれ。主著に「かな」「手紙の歴史」(岩波新書)、平安朝伝来の白氏文章と三蹟の研究」(墨水書房)、「平家納経の研究」(全3冊・講談社)、「古筆学大成」(全30冊・講談社)、「小松茂美著作集」(全33冊・旺文社)、「平家納経ー平清盛とその成立」(中央公論美術出版)などとある。