周辺からは世界が見える

 今から15年前、全農から依頼されて、全国の農協と全農のホストコンピュータをオンラインで結んで、農作物の病害虫や雑草を画像を使って検索し、その防除法を調べるためのシステムを調査するよう依頼された。
 その際、農協での経費負担ができるだけ少ない方法を採用し、普及率を高めることを図るとした。
 この調査を通じて面白いことを学んだのでそれを記す。


 調査のためパソコン関係社30社以上を訪れた。NEC富士通、アップル、ソニー、パイオニア、NTT、ニコン、ミサワVAN、京セラ、ビデオボード制作の各社、画像圧縮を提案している各社(当時jpegの規格ができていなかった)、大日本印刷凸版印刷、ソフト制作会社等々。
 特に画像圧縮に関して各社が試行錯誤している時代だった。NEC本社のある三田界隈にはNECの子会社がひしめき合っていて、それぞれ独自に画像圧縮技術を開発していた。しかし子会社同士が別々の規格を提案していて横の連絡がなく、無駄なことをしている印象が強かった。
 通信はダイヤルアップのみ、1,200とか2,400ボーの時代で、ISDNに関しては、NTTは将来でも各県県庁所在地の都市までしか普及を考えてないと言った。農協が点在する農村への普及はありえないと。
 この時点でオンラインでの利用の線は消して、スタンドアローンでの利用を考えた。
 まだWindows以前の話で、PC-9801の他に富士通FM-townsIBMマッキントッシュ、媒体もCD-ROM、パイオニアのLD-ROM、ソニーCD-I、MO、HDといろいろ考えてみた。
 概ね方向がまとまり、PC-9801を使ってCD-ROMに収めた画像データベースを検索する方法を提案することにした。その時ある人から、PC-9801だけではカラー画像が表示できないと指摘された。ビデオボードを挿入する必要がある。たしか当時は256色の時代だったのだ。
 この時、提案する内容にまだ何か決定的に欠けているものがありはしないか心配になった。誰に相談したらよいか?
 ニコンの技術者に相談した。この内容で十分とのお墨付きをもらうことができた。
 ニコンはマルチメディアの世界では弱小会社で、35ミリフィルム専用のスキャナーの開発を行っていた。コンピュータの展示会でもNECIBM富士通のブースの100分の1程度のスペースしか持たなかった。するとどういうことが起こるか。
 弱小の後発組は先発組をとことん研究しなければならない。大メーカーが自社内あるいは競合他社の開発内容のみ研究しているのに対して、広く調査研究している。遺漏がないのだ。
 私の提案は全農に採用はされなかった。前提が全農のホストコンピュータと農協のPC-9801をオンラインで結んで画像検索をするというものだったから、スタンドアローンの提案は採用できないというものだった。
 数年早すぎたのだ。1991年4月だった。


 さて、面白かったのがニコンのエピソードだ。弱小後発組が広く世界を見通しているというテーゼ(ちょっとオーバー)。
 唐突だが、私の好きな言語学者田中克彦がいる。田中はモンゴル語が専攻だ。著書に「言語の思想」「言語からみた民俗と国家」「ことばと国家」「チョムスキー」「スターリン言語学精読」「モンゴルー民俗と自由」「草原と革命」「差別語からはいる言語学入門」「国家語をこえて」「クレオール語と日本語」「言語学とは何か」「ことばとは何か」等々、数多くあり、幅広い分野でユニークな発言を繰り返している。
 この田中がモンゴル語学者だというのが、ニコンと同位置だと思ったのだ。モンゴル語はいわば周辺言語学だ。中心の言語ではない。だから英米言語学者やフランス言語学者には見えないものが見えるのではないかと思う。以前NEC富士通に見えてないものがニコンに見えていたように。


 周辺からは世界が見えるのだ。