山本弘遺作展の展評(2)

mmpolo2006-10-14




山本弘遺作展ー素描」byワシオトシヒコ


予科練習生として太平洋戦争の敗戦を迎え、1981年、51歳でやっと自殺願望を現実化した画家の軌跡はまさしく、破滅型そのものだった。一人の生活者として絶えずつきまとう喪失感、しかし、戦後から本格的に取り組んだ旺盛な制作欲は、最後まで衰えることを知らなかった。生活者と画家としてのこのようなケタ外れの二律背反に戸惑いながらも、遺された作品に、抗しがたい魅力を覚えずにいられない。
郷里・長野県飯田市から、初めて東京に紹介される本展は、強烈なその存在を知らしめた油彩展示に次ぐ、第二弾である。
生活者として破滅の下り坂を駆け下りる一方、画家としては、賢明に生きた。持ち前の鋭い感覚で、海老原喜之助、山口薫、脇田和といった戦後を代表する俊英たちのエッセンスをたちどころに消化しつつ、彼なりの造形の極みを探り出そうとしていたように思われる。
決して安易に感傷に溺れることなく、どこまでも、全身に知情意を内包しながら、男くささを発散させる油彩に対し、素描は一見やさしげだ。だが熟視すると、どの線も意志的で、力強い。とりわけ裸婦について述べると、曲線以上に直線を重視し、きわめてデフォルメが大胆だ。そのくせ、画面全体の空間性を壊さない、特異な線の運動となっている。
物故とはいえ、秀れた才能に出遭う喜びは、何ものにも換え難い。猛暑など、吹き飛んでしまう。快い創造のオアシスに臨むようなものである。
(「公明新聞」1994年8月13日)


写真は山本弘の素描