「何気ない」というこころの状態があり、そうした状態で描かれる絵がある。
この一点の絵は、おそらく、その種のものだろう。意図して描いたのではなく、ある心の状態がこのように描かしめたにちがいない。
日本の画家に特有の画法と言っていいもので、それによっては、けっして重厚な大作は生まれないが、そのかわりに、心底にひそむものが吐露されて、思いがけない含意が生じる。
この「泉」はどこそこにあるというものではなく、あくまでも作者の心象としての湧水であり、ながく鬱積した心情がしばし解きほぐされる爽やかさを湛えているように見える。
(「週刊ポスト」1995年6月30日号)
写真は山本弘「泉」