吉行淳之介と倉橋由美子

吉行淳之介が好きだった。彼の過剰な自意識がなせる屈折した姿勢が好きだったのだ。(祝福を受けた主賓に似た姿勢で佇んでいる自分に気付くと彼は激しく舌打ちし、)。

対して倉橋由美子は文体が好きだったのに彼女の姿勢は嫌いだった。自己陶酔に平気で溺れているように見えた。( Lは主演女優のように立ちつくしたまま、)


吉行淳之介の「闇のなかの祝祭」は昭和36年(1961年)に発表された。
妻と愛人との三角関係に悩んでいる作家沼田沼一郎は吉行自身がモデルのようだ。愛人の名前は都奈々子(モデルは宮城まり子)。

沼田は奈々子と会うために仕事部屋を借りている。そこに沼田が一人でいるときおそらく妻から薔薇の花束が届く。

「奈々子が帰ったあとでよかった」彼は呟いて、不気味なものを見る眼で、その花束を眺めていた。部屋の中に奈々子がいることを予想して、その花束は送り届けられたものとしか、彼にはおもえなかった。
沼田はいそいで薔薇の花束を物入れに投げ込み、鉄の扉を閉じ鍵をかけた。

(それから十日ほどしてまた薔薇の花束が届けられる。)
メッセンジャーの少年の腕から、大きな薔薇の花束を両腕でかかえ取り、そのまましばらく彼は佇んでいた。
腕の中の花を隠すとすれば、あの物置の扉を開かなくてはいけない。祝福を受けた主賓に似た姿勢で佇んでいる自分に気付くと彼は激しく舌打ちし、いそいで、物置に歩み寄っていった。


処女作「パルタイ」(昭和35年、1960年)に続いて発表された倉橋由美子の初期の短編「鷲になった少年」は短編集「婚約」に収録された。
L(女性)とK(男性)を主人公とするタイプの小説で、ここでは女子大生Lと婚約者S、それに美少年の高校生K、Lに横恋慕する地方出身の貧乏学生Qとの四角関係が綴られる。

「Lはこの意見をよく光る歯列のところでせきとめた。」
「少年のファロスは薔薇色のバナナだ。それはかれの存在の柄であり把手だ。」

銀座でデートしているLとSを、QにそそのかされたKが襲う。
ナイフはSの胸、そして脇腹を二度えぐった。Sはその指を仏像の手印のようにふしぎな形に結び、広い胸を張って刺されるにまかせていた。LはそれからSが一種困惑の色をうかべてたよりなく倒れるのをみた。まるでこれは映画のロケみたいだ、と彼女はおもった。まわりには通行人の多くの眼が群がって立ちどまっていた。Lは主演女優のように立ちつくしたまま、ふいに目のまえに開いた非現実の割れめに堪えていた。