思想

誰が考えているのか?

娘と八百屋へ野菜の買出しに行った。ニラの前に立ち止まった娘が、ニラ買う? と聞いてきた。うん買おう、食べたいというと、いつも父さんニラ嫌いだっていうのにどうしたのと言う。その日はなぜかニラが食べたかった。 疲れたときは甘いものが食べたい、汗…

「ふしぎなキリスト教」がおもしろかった

橋爪大三郎×大澤真幸「ふしぎなキリスト教」(講談社現代新書)がおもしろかった。キリスト教をめぐる二人の社会学者の対談だ。「まえがき」で大澤は、「われわれの社会」とは「近代社会」であり、近代というのは西洋的な社会というものがグローバル・スタン…

「ダンゴムシに心はあるのか」を読んで

森山徹「ダンゴムシに心はあるのか」(PHPサイエンス・ワールド新書)を読んだ。ダンゴムシを使ってさまざまな実験を行い、ダンゴムシにも心があるという結論を出している。著者はダンゴムシを材料にていねいで根気のいる実験を繰り返している。誠実な実験態…

熊野純彦 編著「日本哲学小史」を読んで

熊野純彦 編著「日本哲学小史」(中公新書)を読んだ。副題が「近代100年の20篇」。熊野純彦 編著とあるように、半分近い分量の第1部「近代日本哲学の展望」を熊野が書いている。第1部の副題が「『京都学派』を中心として」で、福沢諭吉、西周から説き起こ…

死について語る田淵安一

画家田淵安一のエッセイ「イデアの結界」(人文書院)の「荘周の夢」で、田淵が死について記しているくだりがある。それが印象的だった。 やがて50年まえになるが、文化勲章を受章された遺伝学者、桑田義備(よしなり)博士にこのような話をうかがった。博士…

中公新書の「江戸の思想史」を読む

田尻祐一郎「江戸の思想史」(中公新書)を読んだ。新書に江戸時代の思想史が取り上げられるのは久しぶりではないか。これが手際よくまとめられている。主要な思想家たちを網羅して遺漏がない。江戸時代の思想家たちの見取り図がよく分かる。240ページほどの…

「生き方の不平等」と可能意識

白波瀬佐和子「生き方の不平等」(岩波新書)は、現代日本の格差、不平等、貧困の問題を、子ども、若者、男女、高齢者のそれぞれに即して分析している。自分がその当事者であるにも関わらず、そのような問題を初めて考えさせられた。しかし、ここに興味深い…

石黒浩「ロボットとは何か」

石黒浩「ロボットとは何か」(講談社現代新書)を読む。石黒は、著者紹介によれば「知能ロボットと知覚情報基盤の研究開発を行い、次世代の情報・ロボット基盤の実現をめざす。人間酷似型ロボット研究の第一人者。自身をモデルにした遠隔操作型アンドロイド…

粘菌の認識

朝日新聞に粘菌がネットワークを形成することが報じられている(2010年1月22日)。科学技術振興機構の手老篤史・さきがけ研究者らのチームが確かめたという。 チームはA4判大のプラスチック板に、東京や横浜、大宮など関東地方の30カ所余りの駅の位置関係…

音楽家高橋悠治の言葉

高橋悠治「きっかけの音楽」(みすず書房)より。 モロッコの未来学者Mahdi Elmandjraのサイトで、こんな小話を見つけた 異文化交流にうってつけの実例(原文は英語) 最近行われた国連による世界調査に次のような質問があった 世界の他の地域における食糧不…

分類について、池田清彦と三中信宏

昔から「分類」について強い興味を持っていた。人間にとっての分類ということの意味、また分類は進化論とも深い関係がある。 最初に分類に関して明晰に関心を持たされたのは、27年前に読んだハワイ大学の名誉教授で理論物理学と情報科学が専攻の渡辺慧「認識…

「形体心理学」という言葉

以前、韓国の哲学者李奎浩著「言葉の力」(成甲書房)を読んだ。ずいぶん昔の事で、何やらはっきりしない本だという印象しかないが、1点だけ奇妙な訳語を覚えている。繰り返し現れる「形体心理学」という言葉だった。おそらくドイツ語のゲシュタルトが韓国…

とっさに考えたのは誰か?

娘が新聞を読みながら「このハイ白色は〜」と言ったので、それは「カイ白色と読むんだ、ほら石灰のカイだろ」と教えた。「灰白色」のことだった。 カイ白色と読むんだと言ったとき、とっさに「石灰のカイ」という言葉が出て来た。頭脳の中の回路はどんな風に…

夢に現れた見知らぬ人

藤岡喜愛「イメージの旅」(日本評論社)に藤岡と柴谷篤弘の対談「イメージの旅」が収録されている。そこから引用する。 藤岡 ふだんみる夢というのは、覚えていない。目をさましたとたんに忘れてしまう。 柴谷 僕はゆうべ眠れなかったけれども、そのときの…

福岡伸一「できそこないの男たち」

「生物と無生物のあいだ」が好評だった福岡伸一の新刊「できそこないの男たち」(光文社新書)は興奮するくらい面白かった。それはどうしてか? 教科書はなぜつまらないのか。それは、なぜ、そのとき、そのような知識がもとめられたのかという切実さが記述さ…

プロスペクト理論

だいぶ前の読売新聞の書評欄で、竹内一郎がダニエル・カールマンの「プロスペクト理論」を紹介していた。 人は利益を生む局面では確実性を好むが、損をする場合は賭けに出たがる。また、額が小さいときは変化に敏感だが、大きくなるとだんだん麻痺してくる。…

隠されたものは現れる

机の上に硬貨を置きその上に白い紙を載せる。硬貨は隠されて見えない。紙の上から鉛筆で線を引く。真っ直ぐな線が何本も引かれる中、硬貨に当たった線は硬貨の縁をなぞってまた離れてゆく。何本も何本も線が引かれるとそこにくっきりと硬貨の形が現れてくる…

言葉の生まれるところ

文章をつづる。言葉を考える。別の言葉を探す。言葉が浮かび出る。その言葉を文脈の中に組み込んで検討する。また別の言葉を探す。新しい言葉を文脈の中に入れる。それに決める。 探し出した言葉が妥当か否かは、具体的に文脈の中に入れてみないと分からない…

「空有」という不思議な概念

自転車で帰宅途中、ふと駐車場のプレートが気になった。「気になった」のは明確な「私の意識」ではなく、むしろ半意識というか、蓄積された脳内のデータベースが反応したのではなかったか。駐車場の壁のプレートの「空有」という文字に。 「空有」とは「空き…

三井住友銀行、オートバイ、猫、美しい知人

表参道の交差点の交番で三井住友銀行の場所をたずねると、信号を渡って左に真っ直ぐ150メートルほど行ったところだと教えてくれた。もう150メートルは過ぎただろうと思うのに銀行の看板が見えない。警官が他の銀行と勘違いしたのだろうかと思ったとき、遠く…

カットソー、あるいは知の偏在

ほとんどの女性たちが知っていて、ほとんどの男性たちが知らない言葉に「カットソー」がある。どうやら服飾関係の用語らしいと見定めて、彼女たちにその定義を聞くと、いろいろな例を示してくれるのだが、きちんとした定義は与えてくれない。切って縫うのな…

死を覚悟したあと、生き直すことは

吉本隆明の「日本語のゆくえ」(光文社)を読んでいて、次のところでひとつ分かったことがある。 あの人(島尾敏雄)は終戦のときに非常にむずかしい体験をしています。 人間魚雷で奄美大島の基地から出撃するというその寸前で戦争が終る。死を覚悟していた…

書評:片山杜秀「近代日本の右翼思想」by田中優子

朝日新聞に掲載された田中優子の片山杜秀「近代日本の右翼思想」に関する書評。 私は右翼がわからない。なぜ民族主義者なのに日米安保体制に大賛成なのか? なぜ三味線より軍歌が好きなのか? なぜ受験生みたいに鉢巻きをするのか? なぜ古来の地元の神社に…

知らないものは見ることができない

以前植物病害事典の編集を手伝っていた。何しろ植物病害の写真を数千枚収集しなければならない。広く各方面へ手を伸ばして探してもいたが、自分たちで撮影もしていた。 夏休みでカミさんの実家へ行ったとき、昨年私が植えたヤマユリが無残な姿をさらしている…

片山杜秀「近代日本の右翼思想」

片山杜秀「近代日本の右翼思想」(講談社選書メチエ)が面白かった。以前佐藤卓己が本書について次のように書いていた。 本書は掴みどころのない右翼思想の全体像をあざやかに切り取った挑戦的な思想史。構成と文体の見事さは芸術的。 目次から 第1章 右翼…

3人のマル

マルという名前から連想するものはふつう映画監督のルイ・マルだったり、ジャズピアニストのマル・ウォルドロンだったりする。ソ連の言語学者ニコライ・マルを思い出す人もいるかもしれない。 ルイ・マルはフランスヌーヴェル・バーグの映画監督で、「死刑台…

想像すること、想像しないこと

以前銀座のギャラリイKで石川雷太の個展があった。インスタレーションで、屠殺されたばかりの牛の頭蓋骨を透明なアクリルの箱に入れて6個ほど並べていた。その額には5寸釘が打ちこまれている。それぞれの頭蓋骨の前には「死刑囚S. N」とか「死刑囚H. H」と…

認識の到来について

京橋の画廊の前を通りかかったとき、画廊の奥に黄色と黒のはっきりした色彩が目に入った。一瞬の後それが壁に掛けられた絵で、壁らしき黄色と黒、それに黄色い花が描かれていることが分かった。それが分かると同時に画家がカトランであることも確信した。頭…

写真が呼び起こす触感

岩合光昭の「日本の猫」カレンダーの今月は子猫だ。それもすごく小さい。高い塀の上から何か下の方にあるものを全身好奇心で見入っている。その写真を見て、子猫を抱いたときの紙のように軽い体重、抱き上げた子猫が手足を突っ張ったときの、臨月のカミさん…

誰が考えているのか?

先日の「ネクタイ売場」のエントリーにこう書いた。 「店員に事情を話して、いくらのネクタイか聞くと、ブランド名を見てこれはうちで扱っている品ではありませんと言う。あ、バーゲン品かなと言いさして、でもまだバーゲンはやっていなわねと言う」 この「…