スカイ・ザ・バスハウスの森万里子展を見る

 東京谷中のスカイ・ザ・バスハウスで森万里子展「古事記」が開かれている(7月27日まで)。森万里子は1988年文化服装学院スタイリスト科卒業後、渡英。ロンドンのバイアム・ショウ美術学校、1989年から1992年にはチェルシー美術大学(ロンドン芸術大学)で学ぶ、Wipipedia にある。50代半ばくらいか。森ビル創業者の孫にあたる。1997年のヴェネチア・ビエンナーレに出品し、同じ年ギャラリー小柳で個展を行った。宇宙服みたいなコスチュームに身を包み、秋葉原あたりで手に水晶玉を浮かしたような動画を展示していた。2002年には東京都現代美術館で個展を開き、神社を作って展示していた。

 ギャラリーのHPから、

メインフロアには形もサイズも様々な敷石に取り囲まれたアクリルの立体作品が置かれます。日本各地の磐座(いわくら)(神をおろす依り代としての岩)を巡るフィールドリサーチに基づき制作された本作《Kojiki Installation》(2019-2024年)は、4年前の個展から続く森の思索を体現しています。


 大きなアクリルの立体が展示されている。森の思索というのは、この立体が象徴するいわゆるスピリチュアルなもののことなのだろう。アクリルの立体は専門工場に発注しているようだ。

 昔から何度も見ているが森万里子の作品を評価することができない。

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森万里子展「古事記

2024年6月8日(土)―7月27日(土)

12:00-18:00(日・月・祝日休廊)

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スカイ・ザ・バスハウスSCAI THE BATHHOUSE

東京都台東区谷中6-1-23 柏湯跡

電話03-3821-1144

https://www.scaithebathhouse.com/

 

 

大江健三郎・江藤淳『大江健三郎 江藤淳 全対話』を読む

 大江健三郎江藤淳大江健三郎 江藤淳 全対話』(中央公論新社)を読む。全対話とあるが、1960年、1965年、1968年、1970年の4回になる。

 1960年の対話は安保改定に関するもので、政治に無関心な層が多い『週刊明星』で行われ、わずか6ページにしか過ぎない。

 1965年の対話は、前年に発表された大江健三郎の『個人的な体験』に対する江藤淳の批判が中心になっている。大江が『個人的な体験』の結末を書き換えた版を作っていたことを江藤は激しく批判する。

 大江の発言から、

 ところが江藤さんの場合は明治維新という変革をあまり高く評価しないで、たとえば新井白石のことを書いていらっしゃったけれども〔『近代以前』〕、江戸時代からの儒学の伝統がすんなり明治維新につながっていると主張されたのじゃないか。そうだとすると、戦後にわたる際に、戦後体験、敗戦体験が軽視される。ひいては戦後文学をそれほど重要視されないということが出てくるのではないか。江藤さんは、そこで近代日本文学の正統というものを江戸文学あるいは漢学の伝統に求めることができると考えていられるらしい。しかしぼくは、文学の正統というものを近代の日本、日本人の場合には、あえて日本の文学者の外国文学との出会いの瞬時刻々のあり方に求めるべきで、それを江戸以前の過去に求めるのは不可能ではないかと考えています。

 

 1968年の対話では大江の『万延元年のフットボール』がテーマになる。江藤は、『万延元年のフットボール』を強く批判する。『個人的な体験』に比べて、複雑なことをうまく重ね合わせてまとめているという点では技術的に今度のほうがすぐれているかもしれない。だけれども文学的には『個人的な体験』で提出した主題が一歩も前進させられていないという印象を持った。それを江藤は、大江の「技術的な進歩と文学的な足踏み」と批判する。

 『われらの時代』から『個人的な体験』にかけて、大江が世界を把握しているというか世界とどこかでかかわっているという感じを失ってしまって来たのではないか、と。実在の世界からの剥離は『われらの時代』からだんだん大きくなって、『万延元年の~』の読みにくさに到達したと思う、と江藤は言う。

 大江が主人公たちに「蜜三郎」や「鷹四」という名前を付けたことにも社会性がないと批判する。また、この小説の主題は実は蜜三郎と細君との関係だという。細君は蜜三郎にとって回避できない他者だからだと。

 1970年の対話は、江藤の『漱石とその時代』がテーマになっている。この段階ではまだ第1部と第2部しか完成していなかったが。対話では漱石と子規との交友から子規に対する評価が話題になる。大江は江藤が虚子を通じて子規を書いているため不十分だと言う。大江は子規の評伝を書きたいと思うと発言している。そのときには、何よりも子規の偉大さを書きたいと。大江の郷里の先輩の伝記を読みたかった。

 江藤の激しい大江批判はあまり参考にならなかった。そういえば、昔『漱石とその時代』を読んで明治時代に興味を持ったのだった。当時第2部までしか読まなかったけど、第5部まで出ているのだから読み直してみよう。また『万延元年のフットボール』も読み直してみよう。

 

 

 

ギャラリーQの滝本優美展を見る

 東京銀座のギャラリーQで滝本優美展が開かれている(6月15日まで)。滝本優美は1992年東京都生まれ、2016年に武蔵野美術大学油絵学科油絵専攻を卒業し、2018年に同大学大学院修士課程油絵コースを修了している。JINENギャラリーやコバヤシ画廊で個展を開いたほか、2022年にここギャラリーQで個展を開いている。その他シェル美術賞やトーキューワンダーウォールなどに入選している。



 滝本は筆を使わないでパレットナイフだけで描いているという。抽象作品だが、自分の住んでいる大崎あたりの風景をもとに描いているのだという。

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滝本優美展

2024年6月3日(月)―6月15日(土)

11:00-19:00(土曜日・最終日17:00まで)日曜休廊

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ギャラリーQ

東京都中央区銀座1-14-12 楠本第17ビル3F

電話03-3535-2524

https://www.galleryq.info/

 

 

いりや画廊の奥田誠一個展を見る

 東京北上野のいりや画廊で奥田誠一個展「surface-存在の揺らぎ―」が開かれている(6月22日まで)。奥田は1962年滋賀県生まれ、1985年に滋賀大学教育学部を卒業している。主に京都の画廊で個展を行ってきた。ここいりや画廊では2022年に個展を開いている。

 ギャラリーのホームページに掲載された奥田の言葉。

燃え残った和紙の重なりを表層としたヒトガタの群体と切株が、様々にホワイトキューブ内に浮かび上がります。焼けこげ穴だらけで、皮一枚のヒトガタは、一見儚げではあるものの、強い存在感を発します。表層には、焼失によりできた形や焦げ跡が重なり、唯一無二の模様があらわれます。静寂と情動の移り変わり、或いは次々とオーバーライト(上書き)されるデータの渦にも見えます。ヒトガタと樹木の内部は、虚(ウロ)となっています。ウロと外の空間は、穴により繋がります。内界と外界が繋がり、ともに虚空(コクウ)となります。何もない空間が、すべての存在に繋がります。「虚と実」・「内と外」・「静寂と情動」の関係は、表裏一体なのかもしれません。

(中心力場)

(浮遊する感情)

(内面と外面)


 焼け焦げた和紙を表層とした人物像を作っている。焼け焦げた和紙には穴が開いており、立体作品が「surface=表層」で成立していることを示している。

 天井から吊り下げられていたり、壁から床と平行に浮いていたり、表層でできていて中空なので可能な展示なのだろう。

 平面作品も展示されていた。それは何だかタトゥーの皮膚を剥いでコレクションしたものを連想させたのだった。

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奥田誠一個展「surface-存在の揺らぎ―」

2024年6月10日(月)―6月22日(土)

11:30-19:30(土曜日17:30まで、最終日16:00まで)日曜休廊

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いりや画廊

東京都台東区北上野2-30-2

電話03-6802-8122

http://www.galleryiriya.com

東京メトロ日比谷線入谷駅出口1より徒歩1分

JR上野駅入谷口より徒歩10分、鶯谷駅南口より徒歩8分

 

ギャラリー・ビー・トウキョウの早川温人展を見る

 東京京橋のギャラリー・ビー・トウキョウで早川温人展が開かれている(6月15日まで)。早川は2001年栃木県生まれ、2022年に桐生大学短期大学部アート・デザイン科を卒業し、2024年に武蔵野美術大学油絵学科油絵専攻を卒業、現在同大学大学院造形研究科油絵コースに在籍中。

 2020年に足利市のギャラリーで、2021年に桐生市のギャラリーで個展をしたが、東京では初めての個展となる。


以下、光画


 ちょっとフランシス・ベーコンを思わせる人物を描いている。とはいえ、ベーコンを思わせながら、自分の表現になっている。

 3点の油彩以外は「光画」となっていて、技法を尋ねるとコピー機を使っているという。この光画についての評価は取りあえず未定としたい。

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早川温人展

2024年6月10日(月)―6月15に位置(土)

11:00-19:00(最終日17:00まで)

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ギャラリー・ビー・トウキョウ

東京都中央区京橋3-5-4 第一吉井ビルB1F

電話03-5524-1071

https://www.gallery-b-tokyo.com/