Stepsギャラリーの倉重光則展「光と物の間」を見る

 東京銀座のStepsギャラリーで倉重光則「光と物の間」が開かれている(1月25日まで)。薄暗くなっているギャラリーの床にネオンが並んでいる。青い光を放っていて、それがとてもきれいだ。

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 壁面に倉重のテキストが貼られている。50年前に書いた文章だという。

短い話

 

この夏 まばゆいばかりの空の下で ボートを操りながら一日を過ごした
岸を離れ 太陽をいっぱいに浴び風をうけながらゆるやかに漕ぐうちに 湾内の死んだような海
域の緑の広がりの 煌めきの千変万化する色と形の狂おしく反映する不思議な場所にでた 四方
をコンクリートによって囲まれ そこはまるで海がないかのように見えた コンクリートの表面には
光と影によって幾何学的な図形が作り出されている
ワタシは奇妙な感覚と時間を覚えながらその中にいるワタシを感じた
ボートとワタシは海の流れにまかせて運ばれている
景色もまたそれと共に姿を変えて変化している
それは静かな図形と空間を形成していた

 これが全体の3分の1くらい。画廊主のブログに紹介されていたものを写した。床の青い光はこのテキストの各行の長さに対応しているのだという。上から9行、8行、6行と続いている。一番上にタイトルもある。
 一見バラバラな長さの無秩序なネオンに見えたものが、並べられた法則を知れば秩序を持った美しさに変わる。
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倉重光則展「光と物の間」
2020年1月13日(月)―1月25日(土)
12:00-19:00(日曜休廊、土曜日17:00まで)
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Steps Gallery(ステップス・ギャラリー)
東京都中央区銀座4-4-13 琉映ビル5F
電話 03-6228-6195
http://www.stepsgallery.org
東京メトロ銀座駅B1・B2出口より徒歩1分

 

ギャルリー東京ユマニテbisの川野昌通個展「鉄―徴表」を見る

 東京京橋のギャルリー東京ユマニテbisで川野昌通個展「鉄―徴表」が開かれている。川野は1995年、大阪府豊中市生まれ。2018年に大阪芸術大学芸術学部工芸学科金属工芸専攻を卒業し、今年金沢美術工芸大学大学院美術工芸研究科彫刻専攻を修了予定。今回が初個展となるが、昨年銀座のガルリSOLのグループ展に出品していて見た記憶がある。当時も良い作家だと思った。
 今回の個展タイトル「徴表」について、川野が書いている。

徴表、それはある事物を他の事物から区別するしるしになる特定の性質。
鉄が引き起こす現象を通して、人の知覚に働きかける。

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 ギャラリーの入口にマケットのような小品が置かれていて、それを見ると大きな作品の構造が分かる。薄い鉄板の中央に言わば菊花状に切れ目を入れ、鋭角の花弁状のものを下に押し曲げる。鉄板の四隅を鉄棒でつなぐ。という構造になっている。花弁状の部分が上から下まで連続していて、それが透けているので、あたかも虚の心柱のようにも見える。その面白さがある。
 ギャルリー東京ユマニテbisは天井が高いのでここを選んだという。単純な形に見えながら複雑な構造をしていそうだと思わせる優れた造形だ。
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川野昌通個展「鉄―徴表」
2020年1月14日(火)―1月25日(土)
10:30-18:30(最終日17:00まで)日曜休廊
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ギャルリー東京ユマニテbis
東京都中央区京橋3-5-3 京栄ビルB1F
電話03-3562-1305
https://g-tokyohumanite.com

三島由紀夫『告白』を読む

 三島由紀夫『告白』(講談社文庫)を読む。副題が「三島由紀夫未公開インタビュー」、TBSの社内倉庫から平成25年に発見された録音テープを起こしたもの。三島の『太陽と鉄』などの翻訳者であるジョン・べスターが三島にインタビューしたテープだった。録音日時は1970年2月19日、三島はその9か月後に市ヶ谷の防衛庁で割腹自殺している。最後のインタビューだという。
 テープを「発見した」小島英人が「あとがき 発見のこと」という30ページにわたる発見の経緯を書いている。なんだか大スクープのような書き方だ。
 三島の遺族に手紙を書いて公表の許可を求めた。遺族の返事は「今更公表せねばならないほどの内容なのかどうか」というものだった。小島は重ねて公表すべきだという手紙を書き、遺族が了承した。
 三島のインタビュー記録として無価値だとは思わない。だが発見者の小島が高揚して言い募るほどの内容ではなかった。ゆったり組んでやっと90ページ未満、文庫にしても少なすぎるので、「太陽と鉄」を併録した。
 「太陽と鉄」はあえて読みたいものではなかったので、今まで手を付けなかった。しかし『告白』を読了するためには読まなければならない。読み始めた本は中断することなくすべて読了するのが50年来の私のモットーなのだ。
 「太陽と鉄」は三島の肉体賛歌を主とする心情告白だ。三島は少年時より貧弱な脆弱な肉体を恥じていた三島はボディビルやボクシング、自衛隊への体験入隊などを通じてたくましい肉体を獲得していく。そのことの重要な意味を縷々述べている。

 力を内包した形態という観念ほど、かねて私が心に描いていた芸術作品の定義として、ふさわしいものはなかった。そしてそれが光り輝いた「有機的な」作品でなければならぬ、ということ。
 そうして作られた筋肉は、存在であることと作品であることを兼ね、逆説的にも、一種の抽象性をすら帯びていた。ただ一つの宿命的な欠陥は、それが生命に密着しすぎているために、やがて生命の衰退とともに衰え、滅びなければならぬということであった。

 三島由紀夫という優れた作家が、思想的にはさしたるものを持たなかったという不思議な矛盾が露呈している。

 

 

告白 三島由紀夫未公開インタビュー (講談社文庫)

告白 三島由紀夫未公開インタビュー (講談社文庫)

 

 

 

河合隼雄・阪田寛夫・谷川俊太郎・池田直樹『声の力』を読む

 河合隼雄阪田寛夫谷川俊太郎・池田直樹『声の力』(岩波現代文庫)を読む。本書は2001年に小樽市で行われた絵本・児童文学研究センター主催の講演・討議を記録したもの。4人が子供たちの歌や語りについて話している。私にはあまり縁のない世界で読んでいて強く惹かれるというものではなかった。いや、著者たちや編集者に罪などなくて、専ら私の関心の問題だ。
 「さっちゃん」の童謡で有名な作家阪田寛夫の講演のなかにおもしろいエピソードを見つけた。講演のタイトルは「童謡の謎、わらべうたの秘密」。

……私がいただいたタイトルのうち、童謡の謎については、かなり集めたつもりです。しかしわらべうたの秘密に関して、なにか実になるようなことを喋ったでしょうか。言わなかったに決まっています。それで児童合唱団とオーケストラの闘いを思い出しました。その曲は児童合唱団員が大勢並んでいるステージのうしろに、100人の大人のオーケストラが雷鳴よりすばやく鋭く無慈悲に荒れ狂うんです。メロディーなんてとらえようがない爆裂音を撒き散らし、オーケストラ全体が腹のへった千の狼集団になって子どもたちに襲いかかるんです。
 ところが子どもたちだけは、わらべうた――それも、「かごめかごめ」だけを歌い続けます。どこまでもどこまでも。それは「かごめかごめ」を、オーケストラの伴奏に支えられて歌うのとはまるで反対で、子どもらの歌をかきまわし、無茶苦茶にぶちこわすのがオーケストラの目的です。もうやめてくれえ、といつ喚き叫びだすかと舌なめずりして待ちながら、私の説明では無理なのですが、順序とか拍子とか調性とか繰り返しとか、何しろ秩序や約束と結びつきそうな要素をいっさい拒絶して吼えかかってくる。
 ところが子どもらは、指揮者に言われたのか、叫んだり怯えたり泣いたりはしないで、いちばん大事な小さい声で、ときには前の列の子にもぜったい聞こえないくらいの魂の声で、だが強くしっかり調性をまもって、嵐のさなかに転調も整然と行って、10分、15分……「かごめかごめ」をうたい続けました。
 無明のオーケストラがついに疲れて音量を下げ、墜落しはじめる。崩壊が止んで、なんにもなくなって、はじめて虚空をうめるように、
「うしろの正面だあれ」
と子供たちが歌いおさめました。これ、唱歌や童謡では太刀打ちできないんじゃないでしょうか。こんな根元的ないやしの力を感じさせられるのは、わらべうただけです。それがわらべうたの秘密。
 曲名は「響紋」(三善晃作曲・宗左近構成)と聞きました。風が砂漠に風紋を残すように、ここではたった4つの音だけのわらべうたが、宇宙に響紋を残す。ときには前の人にも聞こえない声で、ときには嵐の無秩序を乗りこえて。

 たぶん私も阪田と同じ会場でこの曲を聴いている。1984年、民音現代音楽作曲祭で初演された。オーケストラの轟音のなかから「かごめかごめ」が聞こえてくる感動的な曲だった。もう35年も昔なのにはっきりと憶えている。

 

 

声の力: 歌・語り・子ども (岩波現代文庫)
 

 

 

 

 

ギャラリーなつかのチョン・ダウン展「酔ひどれ船」を見る

 東京京橋のギャラリーなつかでチョン・ダウン展「酔ひどれ船」が開かれている(2月1日まで)。チョンは1989年韓国生まれ、2015年武蔵野美術大学造形学部油絵学科版画専攻を卒業し、昨年同大学大学院版画コースを修了している。2015年と2018年、このなつかで個展をし、今回が3回目になる。
 チョンの作品は物語を描いているようだ。ただ、具体的なタイトルが付けられていないので、あえてその辺があいまいなままにされている。重野克明の世界に共通するものを感じるが、重野が日常的なものを題材にしているのに対して、チョンは社会的だ。もっともすべてが社会的な題材を扱っているのではなく、肖像画シリーズではチョンが影響を受けた偉人たちが取り上げられている。ランボーとか太宰治とか・・・。個展タイトルの「酔ひどれ船」もランボーの長編詩の題名だ。

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 なお、ギャラリーなつかと同時に、ギャラリーMoMo六本木でもチョン・ダウン展「帆を高くあげよ」が開かれている(1月18日まで)。
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チョン・ダウン展「酔ひどれ船」
2020年1月10日(金)―2月1日(土)
11:00-18:30(土曜日17:00まで)日曜・祝日休廊
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ギャラリーなつか/Cross View Arts
東京都中央区京橋3-4-2 フォーチュンビル1F
電話03-6265-1889
http://gnatsuka.com/